長い間言い伝えられてきたことによって変わってきた格言の本当の姿を、エロの代弁者小林拓司が勝手に暴いていく。

2011年11月04日

ホワイトメリィライオット格言A

恋はスペインの宿に似ている。
あるものといえば自分が持ってきたものばかり。

メリー・ビアード



♂Anal☆ysis♀
今回はホワイトメリィライオットの“メリィ”にかけましてメリー・ビアード!

で意味は、
恋することに臆病になったりしてしまいがちなのは、自分の過去や性格という名の“荷物”を気にしてしまうから。

逆をいえば、そんなものを気にさえしなければ、自由にアレンジしたり、配置替えしたりして、もっと気軽に恋に踏み出せるのではないでしょうか!



…なんか、恋愛相談っぽくなってしまったので、ま、このかんじでアドバイスさせていただくと、
いくら、部屋をアレンジしていいっても回転ベッドを設置するようなアレンジは禁物ですよ。ってかんじになりますね。


いやしかし、スペインの宿というのは、あまり設備とかは整っていないのでしょうか。
スペインは情熱の国というだけあって、情熱的設備とかないんですかね〜


posted by 拓司 at 22:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月28日

ホワイトメリィライオット格言@

上司の目に留まるような服装をしろ


ケイト・ホワイト


♂Anal☆ysis♀
さて始まりました、恒例の公演格言。

今回はホワイトにかけてケイト・ホワイト!
彼女のプロフィールはというと、アメリカのモデルでファッション誌編集長。
アメリカの有力女性誌のマッコール誌、レッドブック誌などの編集長を歴任した女性。
大学時代にファッション誌のモデルとして活動し、卒業後グラマー誌で働き、その後、女性誌の編集長となった人物。

で意味は、
有り金はたいて買った高価なスーツを着て出勤すれば、同僚の中には「いったい何様のつもり?」と言う人もいるかもしれない。でも、部下の評価権を持つ上司たちの目にはとまるさぁ〜。
ということでしょう。
映画『プラダを着た悪魔』(アン・ハサウェイがかわいい)で、下着姿で出勤した女がいるとか、なんたらかんたらのくだりがありましたが(違ったかも…)、そういうことですよね!
posted by 拓司 at 20:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月22日

百人一首格言B

花の色はうつりにけりないたづらに
我身世にふるながめせしまに

(美しい桜の色は、もう空しく色あせてしまったことであるよ。春の長雨が降っていた間に。そして、私も男女の仲にかかずらわっていたずらに物思いをしていた間に。)


小野小町



♂Anal☆ysis♀
作者は一千年余ものちの今も美人の代名詞とされるほど、絶世の美女。
様々な男性と浮き名を流し、その結果、晩年は哀れなものでのたれ死にしてしまい、小町のしゃれこうべの目からはすすきが生え、風に揺れていた、という。

この歌も、自分もいつの間にか色褪せてしまった、と捉えられるべきで、その兆しを伝えてあまりあるものがある。


浮き名を流すのも若いうち、そして程々になさい、というなかなかに恐ろしい格言。
posted by 拓司 at 13:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月15日

百人一首格言A

秋の田の
かりほの庵の
苫をあらみ
わが衣手は
露にぬれつつ



天智天皇



♂Anal☆ysis♀
さて、こちらは百人一首の第一首。
そして何を隠そう大化の改新を行った中大兄皇子が後の天智天皇。



「秋の田の、刈った稲穂の番をする仮小屋の、屋根をふいてある苫の目があらいので、わたしのそでは夜露にぬれてかわくひまもないことである。」
という意味で、身分の高いものが、農民の労苦を思いやり、その身になってみるというのが表面的な意味。

実は「露」は「涙」を象徴しており、どこか恋愛的。
そして、「ぬれつつ」とあるのももちろん「濡れつつ」となり、どこかいやら格言的。
posted by 拓司 at 19:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月07日

百人一首格言@

ちはやぶる神代もきかず龍田川
からくれなゐに水くくるとは

(山を彩る紅葉が龍田川の川面に映り、唐紅のくくり染めのようである。このようなことは神代にも無かっただろう)


在原業平



♂Anal☆ysis♀
さて、始まりました、百人一首格言。アニメ『ちはやふる』放送開始に合わせまして、今回はこの格言。



まず、在原業平と言いますと、『伊勢物語』。美男で恋多き情熱歌人でした。そんなわけで、実は上にあるような無味乾燥的な歌じゃない!
「私の貴女への思いは、燃えるほどに色づいたもみじのように龍田川の川面にびっしりと浮かび、まるで、唐国の紅で澄んだ水をくくり染にでもしてしまったかのようです。そんなことは、神々が荒らぶる昔でも聞いたことはないものです。」
となります。


えー、正直アニメの方は全くわかりませんが、
『ちはやふる』
と聞くと脳が勝手に
『血・早・振る』
と変換してしまい、な〜んかいやらしい方向に結び付くのは、一種の職業病なんですかね。
posted by 拓司 at 22:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月30日

モテキ格言A

「俺は自己完結をやめるんだ」


藤本幸世



♂Anal☆ysis♀
自己完結…


なんて危険で、なんて甘美な言葉でしょう。

もうサブカルに没頭しちゃて自己満足を覚えていた自分と決別して、新たに踏み出そう、という格言。



うん、確かに、完結という言葉が悪いですね、
自己“完結型”継続ですね。エロの道は果てしないですから。
posted by 拓司 at 21:22| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月23日

モテキ格言

「私、ここでドロンします!」

「『え〜』(という反応)が欲しかった」


長澤まさみ




♂Anal☆ysis♀
『モテキ』初日舞台あいさつに登壇した長澤まさみは監督からモテ技の公開&伝授をせがまれ忍者ポーズを披露。
ポカンとする観客に茶目っ気たっぷりに仕切り直しをおねだりし、赤面しながらも「シュシュシュッ!」と手裏剣を投げる格好も決め、森山や男性客の視線を釘付けにした。(一部Yahoo!ニュースより抜粋)


さて、ここに一つの重大な問題が生ずる。それは、

“可愛いければ何をしても許されるのか”

という点だ。

む〜、これは先程やっていたキングオブコント2011の「キリンスマッシュorキリンレシーブ」より難しい…












許す。
posted by 拓司 at 22:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月16日

そりゃそうだ…。格言

本当に僕は幸福でした。
もし快楽が幸福であるならばね。



オスカー・ワイルド



♂Anal☆ysis♀
いったい幸福とはなんぞや?


そんな問いに答えた格言の一つ。
快楽を得た、もしくは得ているとしても、
それイコール幸福とは違うということ。

所詮、性の快楽を得たとしてもそれは、幸福ではない。

…なかなか難しいですね、いろんな意味で。
posted by 拓司 at 23:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月10日

そりゃそうだ格言

蛇にかまれたものがどんな苦しみを受けねばならないかは、
自ら蛇にかまれたことのあるものにしか分からない。


キュルケゴール



♂Anal☆ysis♀
久しぶりに真面目な格言っぽい格言を取り上げました。

しかしこの格言、そりゃそうだと言ってしまえばお終いです。
が、ま、何を言いたいかといえば経験に勝る経験はなし、ということ。
そう、古来より蛇はアダムとイブに性別を意識させたほど性の象徴。
posted by 拓司 at 00:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月02日

ナンシー格言B

コンビニでおでんを買う時、
どんなに玉子が好きでも玉子は2個まで


ナンシー関



♂Anal☆ysis♀
そう、どんなに好きでも玉子は二個まで。
うん、二個ね、二個、二個まで。
卵形のね、ええ。








…おおっと、もうこんな時間だ。
明日は本番。もう本番ヤル気マンマンや。
posted by 拓司 at 22:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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